日記:2つのスクープ

近しいテーマを扱いながら、対称的な結末を迎える2つの映画を立て続けに鑑賞しました。「クライマーズ・ハイ」と「スポットライト」です。

前者は超超超有名な作品なのに、なんだかんだ観る機会を逃し続けていました。が、大河ドラマの堺雅人の演技に感銘を受け、他の作品も観ておきたいなーというミーハー精神が後押し。ようやくDVDを手に取りました。
2008年といえば大学1年生の頃。ジャーナリズム論が主力の学科にいたのになぜ手を取らなかったの…フィクションでなければもしかしたら観ていたのかも。

後者は、アカデミー賞で注目を浴びましたね。会社の先輩から推薦され、必ず近いうちに観なくてはとずっとメモの片隅に残っていた作品でした。

この2つの作品、実はあらすじを予習せずに”たまたま”同じタイミングで借りたのですが、いざ観てみるとどちらも「ジャーナリズムとは」という問いに向かう作品。
物語が進むにつれて、フィクションとノンフィクションなのに、それぞれの設定や境遇にいろんな共通点があることに気づきました。

クライマーズ・ハイ(2008)

11985年8月12日、乗員乗客524名を乗せた日航機123便が、群馬と長野の県境に墜落、その一報が北関東新聞社に入る。編集部で全権デスクに任命された悠木和雅(堤真一)は記者として扱う一大ニュースに対する興奮を禁じえないが、中央紙とのスクープ合戦や組織や家族との衝突を経て、命の重さに対しわき上がる使命感を覚える。(引用:Yahoo!映画「クライマーズ・ハイ」 解説・あらすじ)

スポットライト 世紀のスクープ(2015)

2002年、ウォルター(マイケル・キートン)やマイク(マーク・ラファロ)たちのチームは、「The Boston Globe」で連載コーナーを担当していた。ある日、彼らはこれまでうやむやにされてきた、神父による児童への性的虐待の真相について調査を開始する。カトリック教徒が多いボストンでは彼らの行為はタブーだったが……。(引用:Yahoo!映画「スポットライト 世紀のスクープ」 解説・あらすじ)

  • 舞台は地域に根付いた地方新聞社
    • 「北関東新聞社」と「The Boston Globe」
  • 新たな若いトップが上に就くことで事態は変化する
    • 「悠木和雅」と「マーティー・バロン」
  • 地域や会社の経営基盤に、既得権益が大きく絡んでいる
    • 新聞社社長独裁政治と、スポットライトのカトリック教会組織
  • 冷静なデスクに訴える熱血的な若手記者
    • 「佐山達哉」と「マイク・レゼンデス」
  • 更に大きなスクープによってかき消される地域ニュース
    • 「中曽根首相の初公式参拝」と「911同時多発テロ」

その他にもいろいろあるので、あげているとキリがありません。
つまりは典型的な「地方新聞社」を描いた結果なのでしょうが、日航機の事故の取材で悠木が走り回っていた設定の1985年と、マイクがスクープを突き止める2002年との間には、国境があり、17年の月日が流れているにもかかわらず(地方)新聞社の組織を構成する要素がここまで似通っているというのは面白いです。

一方で、その後の展開を分けるスクープのつかみ方、そのプロセスの違いからは、作る側がその後のジャーナリズムに期待する内容の違いを垣間見たように思います。

1985年の北関東新聞社では、アカデミックな知識を持つ専門家・有識者の知恵が、根性と執念で調査を続けスクープを後押しします。
一方で、2002年のTheBostonGlobeにスクープの風を吹き込んだのは、膨大なデータの分析とアーカイブの蓄積。
ボストンの記者たちがやったことは、実は、いま盛んに行われているデジタルジャーナリズムと根本的には同じように見えました。(映画の中の集計は手作業なので、超アナログですが…)

大規模なデータの集合体をフィルタリングし解析することで、新たな解釈を作り出すことを目的としており、データ駆動型ジャーナリズム(英: Data driven journalism)とも言われる。
(出展:https://ja.wikipedia.org/wiki/データジャーナリズム

そして最終的には物語は違う展開を迎えます。
フィクションの「クライマーズ・ハイ」では、北関東新聞社は自社のスクープを出せなかったことで、全権を担っていた悠木は、後輩の佐山に希望を託して退職、
一方、ノンフィクションの「スポットライト」ではTheBostonGlobe社は世紀の大スクープを打ち出し、全米に影響を与える存在になりました。
(…あれ、どっちがフィクションで、どっちがノンフィクションでしたっけ?)

調査報道と、ストレートニュースという違いはあっても、核心となる「真実」を掴みにいく瞬間はどちらの映画でも一番の見所でした。
そのプロセスがこの2つのスクープではっきりと違っていたのが興味深いし、ボストングローブが現実世界でスクープをつかんでから数年経ったジャーナリズム界隈はどこまで進展しているのか、改めて「いま」を見つめ直すきっかけにもなりそうです。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です